桜鍋は、明治の文明開化で生まれた東京の郷土料理です。明治三十八年に桜鍋の店として開業した中江は、創業当時から100年以上にわたり「馬の油」を販売しており、吉原遊郭行き帰りのお客様から、「中江の馬の油」は、吉原名物のお土産としてたいへん重宝されてきました。

中江の馬の油が評判になった理由は、代々の女将と中江で働く女性たちのお肌でした。常日頃、馬油を使っていたおかげで、お客様からこういわれたのです。
「中江の女将や仲居の女たちは、いつも肌がつるつるで綺麗で歳をとらねぇ」

時代が変わり、吉原遊郭も無くなり、すっかり街の様子も変わりましたが、「中江の馬の油」は、現在でも名物として根強いファンがいます。自家製馬油は、食用の新鮮な桜肉の脂身をフライパンで熱して溶かしただけの純度100%、完全ピュアなもので、明治の頃から「火傷、しもやけ、あかぎれ、日焼け後、肌荒れ、肩こり、腰痛、生理通、髪の毛の艶出し」など、様々な用途で使われてきました。

そんな中江が創業以来100年以上の馬油の経験と知識を活かし、更にお客様の声を取り入れて作ったのが「フレーメルシリーズ」です。

遊郭があった頃の吉原大門



馬油の最大の特徴は、不飽和脂肪酸が63%以上も含まれていることです。
不飽和脂肪酸は、別名「善玉コレステロール」と呼ばれ、人の体温で溶け、吸収されやすく、サラッとした脂肪成分です。
善玉コレステロールは、その名の通り身体に善い働きをします。肉を食べ過ぎるとコレステロールが血管に付着すると言われますが、それは牛肉や豚肉に含まれる「悪玉コレステロール」です。桜肉に含まれる善玉コレステロールは、なんと、血管に悪玉コレステロールが付着しにくくする働きを持っています。

不飽和脂肪酸を肌に塗ると、素早く皮膚障壁を通り、毛細血管に到達することができます。この皮膚への強い浸透力で、一般的に化粧品に使われるオイル(オリーブやホホバなど)に比べ、はるかに皮膚の深くまで染み込み油膜を張ることで、外部からの細菌などの侵入を防ぎ、逆に水分の発散を防ぐのです。

馬油のルーツを辿ると中国では4000年の昔に遡り、日本に伝えられたのは、約400年前と言われています。
最近は見なくなりましたが、昔の大道商人に「ガマの油売り」がいました。
「四六のガマの油で傷、しもやけ、あかぎれもすっかり治る」という口上で、薬を売っていたのですが、実は、その「ガマの油」も「馬油」だったそうです。

また、馬油の元でもある桜肉(馬肉)は、熱を取ると言われ、打ち身、捻挫の治療に使われてきました。シドニーオリンピック直前に足を怪我した「柔ちゃん」こと女子柔道の谷選手が、桜肉治療で出場できるまで回復したことはニュースにもなりましたし、あの、「世界の王」こと王監督が現役時代に足を怪我したときは、中江の桜肉で怪我が回復し、翌日に試合に出場したということもありました。

まさに万能薬として、馬油の伝説が伝えられています。

まさに万能薬だった馬の油



フレーメルシリーズを開発したのは、創業明治三十八年、東京浅草吉原の桜肉料理専門店「桜なべ中江」です。百年を超える中江の歴史をご紹介いたします。

なお、店舗のWEBサイトはこちらをご覧ください


【桜なべ 中江の歴史】

明治20年
1887

初代桾太郎郷里新潟より上京、黒門町にて修行を始める
明治38年
1905


吉原大門(現在地)にて「桜なべ中江」を開業。この頃より馬油も扱う
*日露戦争終結
明治44年
1911

吉原大火。中江は被災を免れる
大正12年
1923

関東大震災。中江家屋焼失。翌年再建(現店舗)
大正15年
1926

2代目祖太郎襲名
昭和16年
1941


戦争中、鉄鍋の物資供出と馬肉の入手困難により、桜なべの営業はやむなく中止し指定食堂となる
※日本軍がハワイ真珠湾奇襲攻撃。太平洋戦争勃発
昭和20年
1945


東京大空襲。奇跡的に中江家屋は焼失を免れた
終戦後、桜なべの営業を再開
※第二次世界大戦終結
昭和34年
1959

3代目隆一襲名
昭和50年
1975


馬肉の仕入れを九州久留米の食肉場専用牧場に変更し、中江専用の桜肉「江戸このみ」の使用を開始
※ベトナム戦争終結
平成7年
1995

4代目白志襲名
平成12年
2000

馬油配合基礎化粧品「フレーメルシリーズ」の開発に着手。常連様などへ特別販売開始
平成17年
2005

創業100周年を記念し、フレーメルシリーズの販売拡大を始める
100周年記念DVD『中江百年物語』制作。フレーメルシリーズの紹介も映像化

平成18年
2006
自家製馬の油をベースとした、『精製馬油 桜油』を開発・発売

100年続く味「桜なべ」




築80年を超える店舗





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